JINDAIJI MOUNTAIN WORKS

2022/12/22 13:06


10数年前、スノーピークのSP450チタンマグカップを軽量なクッカーとして使う事が流行っていた。SP450はマグカップなので当然のようにリッドが付属していない。だから僕らはアルミフォイルでリッドをmyogったり、手持ちのクッカーのリッドを合わせたりして運用していた。そんな中、T’s Stoveが製作したSP450専用のチタン製カスタムリッドは決定版であり、SP450ULクッカーとして定番の地位を確立した。

 

当たり前だけど効率の良い湯沸しにはリッドが不可欠。リッドがある事によって「カップ」は「ポット」と呼ばれるようになり、初めて「クッカー」として機能する。リッドは湯沸かしの効率を向上させるだけでなく、ハイキングや焚き火で使用する時にゴミの混入も防いでくれる。当たり前のように使っているクッカーのリッド。地味ながらも重要な役割を担っている。

 

ヒルビリーポットを製作する時に一番苦労したのはリッドの設計だった。リッドの形状には大きく分けて2タイプある。リムの外側から被せるタイプと、リムの中に入り込むタイプの2種類がある。

 

前者のタイプはポット内のクリアランスをフルに使える、という事と、製作が容易で精度に比較的余裕があり低コスト。しかし、ポットに被せるタイプなのでヒルビリーポットのフレアするリムデザインとシェイプの流れを殺してしまう。



後者のリムの内側に沈み込むタイプはヒルビリーポットのリムデザインを殺さず、ヘラ絞りで仕上げたシェイプの美しさを残す事が出来るけれど、ポットの内側に入るのでポット内のスタック容量を削ってしまう。

 

リッドを道具としての機能だけで考えれば製作コストもシビアな精度も問われない被せタイプで良い。しかし、ヒルビリーポットは道具としての機能だけでなく、造形の美しさも拘りたかった。

 

ヒルビリーポットのリッドは内側に入り込むタイプのリッドを採用した。最初のサンプルはポットの内径にピッタリで逆さまにしても落ちないレベルの精度で製作してくれた。この職人技に感嘆しつつもヒルビリーポットはあくまでも道具としてデザインしている。その為、この精度の高さが逆に都合が悪かった。


アルミは柔らかいので歪みが生じやすい。使用していく過程で起きる歪みを想定してデザインを考えた。結果、リッドの嵌り径を0.5mm小さくし、少しだけ遊びを入れてもらった。コンピューター制御のマシンカットであれば用意かもしれない、こういった細かな調整をヘラ絞り職人はしっかりと答えてくれた。

 

最終的にリッドの修正は3回。そんなリッドの沈み込みの深さとスタッキング容量の調整の為に、ヒルビリーポット350本体のサイズを5mm高くするという事になってしまった。リッドのデザインの為にポット本体のサイズ修正という大事にしてしまった。

 

因みに、このクリアランスの「遊び」。これは僕がギアデザインをする上でかなり重視している要素。例えば、ヒルビリーポット550の内径は100mm。直径90mm110サイズのガス缶を入れても10mmの遊びを作っています。110缶のサイズに合わせてジャストにサイジングする事も可能ですが、仮にガス缶をスタッキングした状態でポットに歪みが起きた場合の、ガス缶の取り出し困難になる事を想定し、この内径10mmの「遊び」を作っています。


ヒルビリーポットの製作で一番時間と手間と頭を使ったのが、この一見、なんともない様な普通のリッド。中国製のチタンクッカーのリッドの精度に不満を持った事がある人やリッドをmyogった人。このピッタリでもガタガタでもない、絶妙なハマり感に共感してもらえたら嬉しいです。

 

たかがリッド。されどリッド。「カップ」を「ポット」に変える1枚の魔法の円盤。ヒルビリーポットのリッドも拘りが詰まっています。