JINDAIJI MOUNTAIN WORKS

2024/12/16 16:42


東北バイクパッキング 福島タイフーン最終話!

タイフーンと共にした東北自然歩道バイクパッキングも千秋楽。

ロングトレイルが大好きなぼくらの初めてのバイクパッキングの行く末は…?

福島最高だった!愛してるぜ!

親指立てて言っちゃうぜ!I'll be back!! 

福島タイフーン最終話‼︎







ギャーーー!!

猪苗代湖で響いた絶叫が小野川湖にも鳴り響く。

今回はぼくら2人の絶叫だった

AM 7:00

ぼくとミホさん(ぼくの最愛の人生のパートナーであり、最高の旅のパートナー)は日の出と共に目を覚まし、朝食を済ませ着替えをした。

アルファタイツを脱ぎ、お互いの足を見て思わずギャー!と声がでた。

両足が3mmほどの赤い虫刺されで無数に覆われていた。

確かに昨晩は足がチクチクして、寝ている時も何度か目を覚ました。

調べたところ、いやはやどうやらダニらしい。

一体全体ぼくらが何をしたっていうんだ!

とテツオのように怒りに支配されることもなく力をコントロールして、虫除けを塗って寝なかったことを反省した。

まぁその後体調を崩すこともなかったので一安心。

夏のタープ泊には虫除けと自然に対して優しい心をお忘れなく!


さぁ!最終日の本日は安達太良と吾妻山をすり抜けゴールの二本松駅まで!




ぼくらはロングトレイルを歩いている時のルーティンがあった。

これは歩き始める前のちょっとした”おまじない”である。

とても簡単でお互いのこぶしをこつんと合わせることだった。

旅の安全と、お互いの健闘と、ハッピーなハプニングを願って。

なんだかこれをするだけでエネルギーが満ち溢れてくるのだ。

最終日も変わらず、こぶしをこつんと合わせてペダルを漕ぎ出した。

雨だってもう慣れっこだい。



今朝は予報通りの雨で今回の旅で1番強い雨になった。

これまでこの旅を共にした台風は最終日ももちろんやってくる。

ぼくらは逆にもう嬉しくなった。

「ウェルカム!最終日にも会えて嬉しいぜいこんちくしょう!」

「ナイスタイフーン!また虹を出してくれたよ!」

この虹を見てからは雨が止んだ。最後のタイフーンの姿に名残惜しささえ感じてしまった。

さらばタイフーン。また会う日まで。君もこの旅のメンバーの一員だよ!




君は”ピーターライダー”を知っているか。
ぼくがお酒を飲みながらついさっき考えたので認知度はゼロだろう。


イージーライダーの冒頭で高級腕時計をポイっと投げ捨てて自由な旅に出る様がたまらなくかっこいい。
まさに自由の象徴。
腕時計をつけずに、時間に縛られず自由な旅をライドする者を敬意を評して”ピーターライダー”と命名したい‼︎

そんな盛り上がっているぼくはログをとるためにカロスをつけていた。

まだまだピーターライダーへの道のりは険しい。

けどPNTの時も沖縄縦断の時も東北バイクパッキングの時もそうだけど、あまり時計を見ないようにしている。
計画的な旅には時計が必要不可欠。
ならば自由な旅には時計が不要に違いない。

腹時計で充分なのだ。

腹時計がぐぅ〜と音を鳴らして空腹を知らせてくれたら「みのわ茶屋」が現れた。こういうこと!



あんみつを注文したらきゅうりのお漬物やお菓子もたくさん食べさせてくれた。



ぼくらが来店した時にちょうど女将さんのお孫さんたちが里帰りに来たようで、ぼくらも大家族の一員に入ったような気がして賑やかだったがとても居心地が良かった。

そうか。お盆休みにぼくらは旅をしているんだ。

おじいちゃんおばあちゃん元気かな。会いたいな。
祖父たちの家は鹿児島と徳島にあってなかなか会いに行けないけど、
会えるうちに会っておきたいなと台風が去った青空を見ながらしみじみ思った。


祖父達の家はとびきり田舎で自然の緑と空の青と雲の白の3色がやけに綺麗に見えた。



そういえば今回の旅で新たにぼくらのルーティンができたのでご報告!

それは「ヴィクトリー」。
そう「ヴィクトリー」。

坂を登り切ったら「ヴィクトリー!」とオオカミの遠吠えのごとく強く気高く吠えるのだ。

諦めずに目の前に立ち塞がる坂を乗り越えた自分たちを存分に褒めてやる。

坂道に打ち勝ったというよりは己に打ち勝ったことに吠えるのだ。

今回のベストビクトリーは取上峠。何度でも言おう!山塩ソフトは最高であると!!


今回の旅で幾度ものヴィクトリーを繰り返し、ヴィクトリー口になってしまったぼくらは普段の生活で坂を登り切るとヴィクトリーと言ってしまうようになってしまった。

先日ハセツネを走っている時も1人でヴィクトリーと呟いていた。


そして今回の最高到達点ヴィクトリーが訪れる。

磐梯吾妻スカイラインの入口 標高1241m

随分と漕いで随分と登ってきた。


さぁあとは下りきって今回の旅の終着点の二本松駅に向かうのみ!

…その前に!仁井田本家の女将ことマキさんに教えてもらった安達太良山のふもとにある”お宿 花かんざし”に行くのだ。

お宿 花かんざしには山岳カメラマンで冒険家で磐梯・吾妻・安達太良ボルケーノトレイルを作った一ノ瀬圭介さんに会いに行くのだ!!

さぁかっ飛ばしてくだるぜ‼︎

安達太良と吾妻の間をこれから下って行く。


行くぜ花さんざし‼︎


30分以上だろうか。長い長い下り坂が続いた。

景色は走馬灯のようにどんどんと流れていき、自分の身体だけでは出せないスピードにスリルを感じながらも風を切る音が心地よかった。

こんなに長い下り坂を自転車で下ったのは生まれて初めてかもしれない。


そしてこんなに長い下り坂を自転車で下るととびきり寒いことを初めて知った!

吹けば飛ぶよなぼくだからか30分も続く下り道だと体が芯から冷えてしまう。

指先とお腹がそれはもうキンキンで風邪を引くかと思った。


下り切った先で牛を見つけ皇后陛下のように手をお振りになるおみほ様。


そして花かんざしに到着。

歴史ある木造の家屋の雰囲気がとても良くて一気に気が抜けてしまった。

きっと居心地の良い宿ってこういう力があるんだと思う。

残念なことに一ノ瀬さんにはお会いできなかったが、大女将に館内を案内していただいた。

話を聞けば聞くほどに、そしてこの空間に居れば居るほど「今日はここで泊まりたい…!」と強く願ってしまった自分がいた。

しかし今日ぼくたちは高尾に帰らなければいけないのだ!

やけに伸びた後ろ髪を引かれながらも、お礼をして素敵な宿をぼくらは後にした。

お宿の前には提灯がずらり。次に安達太良をハイキングする時は花かんざしに泊まりたい。


花かんざしから二本松駅まではそう遠くはなかった。

今までで一番ゆっくりなペースでこの旅最後のライドを噛み締めるようにぼくらはペダルを踏み締めた。


ぼくの夏休み2024もエンドロールが近いている。

そして二本松駅に無事到着。


無事に二本松駅までこれて良かった!大円団も大円団!

これにて福島タイフーン閉幕!めでたしめでたし!

〜おしまい〜



そうは問屋が卸さない!

二本松駅から白河駅まで電車に乗る必要がある。そう、人生初の輪行である!

自転車を可能な限りバラして、輪行袋に入れ込んで自転車に乗らなければいけない。

前輪を外してハンドルバーも外してなんやらかんやらを家でも練習していたので意外とすんなりいけたのだが、みほさんが少々手間取っている。

えっへん。小慣れたもんですよ。


「Hey‼︎honey‼︎手を貸そうか!?」

とフルハウスのジェシーのように陽気かつキザな感じで声をかけたら

「自分でやらせろい‼︎」
と一蹴されてしまった。

薔薇の一輪でも差し出して声をかけたら首を縦に振ってくれたのだろうか。

いやいや。彼女はこの旅を最後まで自分でやり遂げたかったのだ。

2年前にロングトレイルを歩いてというもの彼女は何にしても自分1人でやり遂げたいという気持ちが強くなったような気がする。

子供の成長を見守る親の気持ちはこういうものなのか…と一歳しか変わらない妻の成長に感心してしまっていた。

そんな感傷に勝手に浸っている間にミホさんはあっという間に自転車をバラして、

「お疲れ様!」と言って愛車ストラグラーに輪行袋を被せた。


20Dの生地で作った自作の輪行袋。300gを切って、収納したら手のひらサイズ。商品化なるか!?


ぼくらは自転車をかついで電車に乗り込んだ。

二本松から白河駅まではたったの1時間半。

ものすごい早さで景色がビュンビュンと過ぎ去っていく。

4日間の旅の道のりが電車に乗ると1/64の時間で終わってしまう。

同じ”車”という名がついた乗り物でもこうも違うのか。


みほさんは満足気に景色を眺めていた。”流れる景色を必ず毎晩みている”なんて歌いたくなってしまう。



自転車に乗り続けた4日間。

東北自然歩道こと新奥の細道はまっすぐ線を引かず、うねうねと芭蕉さんが心惹かれる場所をあてもなく彷徨うようなルートになっている。

アメリカのロングトレイルや日本の自然歩道とも違っている。

白河関所から二本松駅まで直線で結ぶと約70kmなのだが東北自然歩道のコースだと400km程になる。

ははーん。芭蕉さんはどうやらみちくさが大好きらしい。

かく言うぼくらも三度の飯より道草が大好物だから、なかなか進むことができないのだけれど。


そんなみちくさを美味しく食べられるのも身軽なおかげだと思う。

ウルトラライトの思想ってどんな遊びにも宿るんだなぁとしみじみ。

調べてみると芭蕉さんもかなり身軽な感じで奥の細身を歩いていたようだ。

道具が軽ければどこへだっていける。

ぼくは中身も軽い人間なので軽い道具とだったら似たもの同士どこへでもいってしまう。


電車の中でそんなことを思っているといつの間にやら白河駅に。

”長旅するとお刺身食べたくなる病”の発作を抑えるためにお刺身のあるご飯屋さんへヒュイゴー。

福島タイフーン連載中にこの旅の締めくくりの言葉を色々考えていたけど、この笑顔が全てを語ってくれている。


ご飯を食べ終え車に乗り込み、ナビを自宅にしてアクセルを踏んだ。

4日間自転車のハンドルを握り続けたぼくの手は、長年乗ってる車のハンドルに少し違和感を感じている。

たった4日間でぼくの手は自転車のハンドルを握る手に塗り替えられたのか。



帰りの車内の4時間は第一回紅白バイクパッキング楽しかった話合戦が開催された。

福島で巻き起こしたぼくらだけのバイクパッキングムーブメントタイフーン1号はしばらく熱帯低気圧に変わることはなさそうだ。

おしまい


追伸
このブログを投稿した夜に母から電話があった。
徳島のおじいちゃんが亡くなったと。
この最終話で会いに行きたいと書いた矢先のことだった。

寂しい気持ちはあっても、思いの外後悔の気持ちはない。

帰省する度におじいちゃんはぼくとたくさん遊んでくれたから。
今年一度倒れた時にすぐに駆けつけて、笑顔のおじいちゃんが見られたから。
大工でものづくりが好きなおじいちゃんに「今はモノづくりの仕事をしている」と伝えられたから。

その時に初めて作ったレイウェイを見せたら「何を入れるんや」と聞かれ「山登りの道具だよ」と答えた。

おじいちゃんは「ええな」と言ってくれた。

いつかおじいちゃんの大好きな釣りもしてみようと思うよ。